なぜ、職場のパワハラがなくならないのか?
2026/08/13
なぜ、職場のパワハラがなくならないのか?
「問題のある上司」を排除するだけでは、終わらない
職場のパワーハラスメントが社会問題として広く認識されるようになり、多くの企業が研修や相談窓口の設置、社内規程の整備に取り組むようになりました。
それでも、パワハラに関する問題は、なくなっていません。
なぜなのでしょうか。
もちろん、相手の人格や尊厳を傷つける言動を行った本人の責任を、曖昧にしてはいけません。しかし、問題を「あの上司の性格が悪いから」「管理職としての資質がないから」と個人の問題だけで終わらせてしまうと、同じことが別の部署、別の上司、別の組織で繰り返されます。
パワハラは、ある日突然、問題のある人物によって生み出されるわけではありません。
過去の成功体験、成果を求める組織の圧力、上司と部下の権力差、感情を調整する力の不足、周囲の沈黙、相談しにくい制度など、複数の要因が重なった結果として表面化します。
つまり、パワハラは「個人の問題」であると同時に、「組織の構造の問題」でもあるのです。
1.過去の成功体験が、現在の指導方法をつくる
パワハラを生み出す一つ目の要因は、上司自身の過去の経験です。
「自分も厳しく指導されて成長した」
「強く言わなければ、人は動かない」
「部下に嫌われるくらいでなければ、管理職は務まらない」
「昔はこれくらい当たり前だった」
このように考える上司は、決して少なくありません。
実際に、厳しく叱責したあとに部下の行動が変わり、部署の業績が向上した経験を持つ人もいるでしょう。
すると、上司の中に次のような結びつきがつくられます。
厳しく叱る
↓
部下が動く
↓
成果が出る
↓
このやり方は正しい
人間の脳は、ある行動のあとに望ましい結果が得られると、その行動を「効果のある方法」として学習します。特に、自分が苦しい状況を乗り越えて結果を出した経験は、強い成功体験として残ります。
しかし、ここには大きな落とし穴があります。
「部下が動いたこと」と、
「部下が育ったこと」は同じではありません。
部下は納得して行動したのではなく、怒られることを避けるために動いただけかもしれません。
一時的に業績が上がっても、長期的には、部下が自分で考えなくなり、失敗を隠し、上司の顔色を見ながら働くようになる可能性があります。
結果が出たという事実だけでは、その関わり方が適切だったことの証明にはならないのです。
2.「指導」が、いつの間にか「支配」に変わる
上司には、部下を指導し、仕事の基準を示し、必要に応じて改善を求める役割があります。
そのため、部下に対して厳しいことを伝えなければならない場面もあります。
問題は、いつの間にか指導の目的が変わってしまうことです。
本来の目的は、
「部下が仕事を理解すること」
「必要な能力を身につけること」
「組織として成果を出すこと」
であるはずです。
ところが、部下が思いどおりに動かないと、
「自分の指示に従わせたい」
「自分が正しいことを認めさせたい」
「上司としての力を示したい」
という欲求が入り込むことがあります。
このとき、指導は育成ではなく、支配へと変わります。
仕事上の問題を指摘するのではなく、人格を否定する。
行動の改善を求めるのではなく、相手を萎縮させる。
考えさせるのではなく、反論できない状態に追い込む。
上司本人は「指導している」と思っていても、部下に対する影響はまったく異なります。
3.パワハラの背景には、上司自身の不安がある
パワハラを行う人は、必ずしも自信に満ちた強い人とは限りません。
むしろ、その背景に、不安や焦り、自分を守ろうとする反応が隠れている場合があります。
部下がミスをする。
予定どおりに仕事が進まない。
上層部から成果を求められる。
自分の管理能力が疑われる。
部署の評価が下がるかもしれない。
こうした状況を「脅威」と感じると、人間の脳は危機に対処しようとします。
扁桃体などを含む脳のネットワークが危険を素早く評価し、緊張や警戒が強まります。その一方で、冷静な判断、視点の切り替え、衝動の抑制などに関わる前頭前野の働きが、十分に発揮されにくくなることがあります。
その結果、
「なぜ、この問題が起きたのか」
「部下は何につまずいているのか」
「どのように伝えれば改善につながるのか」
と考える前に、
「何度言ったら分かるんだ」
「なぜ、こんなこともできないんだ」
「私に恥をかかせるな」
という言葉が出てしまいます。
これは、部下を育てるための言葉に見えて、実際には上司が自分の不安や焦りを処理するための行動になっています。
ただし、脳の反応はパワハラを正当化する理由ではありません。
自分がどのような状況で感情的になりやすいのかを理解し、行動を選び直すことも、管理職に必要な専門能力です。
4.役職と人格が一体化すると、反対意見を受け入れられなくなる
長く管理職を務めていると、「自分が組織を動かしている」という感覚が強くなることがあります。
その結果、
「私の判断に反対することは、組織に反対することだ」
「部下から意見されることは、上司として否定されることだ」
と受け止めやすくなります。
しかし、意見への反対と、人格の否定は別のものです。
部下が疑問を示したり、別の提案をしたりすることは、本来、組織が間違いを修正するために必要な行動です。
ところが、役職と自分の価値が強く結びついていると、反対意見を「自分への攻撃」と解釈してしまいます。
その瞬間、対話よりも自己防衛が優先され、威圧、無視、排除、過度な叱責といった行動につながることがあります。
役職を守ろうとするほど、組織に必要な情報が上司へ届かなくなるのです。
5.部下は「おかしい」と思っても、声を上げにくい
パワハラがなくならない背景には、上司と部下の間にある権力差も関係しています。
上司は、部下の評価、昇進、配置、担当業務、給与、働き方などに影響を持っています。
そのため、部下が上司の言動に疑問を感じても、簡単には声を上げられません。
「相談したら評価を下げられるかもしれない」
「仕事ができない人だと思われるかもしれない」
「自分にも原因があるのではないか」
「周囲に迷惑をかけるかもしれない」
「組織に居づらくなるかもしれない」
こうした不安が、沈黙を生みます。
さらに、パワハラは一度の強い言動だけでなく、小さな否定や無視、皮肉、過度な要求が繰り返される形で起こることもあります。
その場合、受けている本人でさえ、
「これはパワハラなのだろうか」
「自分の受け止め方が弱いだけではないか」
と判断できなくなります。
相談できないのではなく、相談してよい問題なのか分からなくなっていることもあるのです。
6.周囲の沈黙が、「職場の当たり前」をつくる
パワハラは、当事者である上司と部下だけの問題ではありません。
周囲で見ている人たちの反応も、職場の文化をつくります。
同僚が強く叱責されていても、
「自分が口を出す問題ではない」
「あの人にも原因があるのだろう」
「次は自分が標的になるかもしれない」
「上司に逆らわない方が安全だ」
と考えて、誰も動かないことがあります。
一人ひとりは「おかしい」と感じていても、誰も声を上げないため、「自分だけが違和感を持っているのかもしれない」と思うようになります。
やがて、問題のある言動が、その職場の「普通」になっていきます。
つまり、パワハラが続くのは、行う人がいるからだけではありません。
異議を唱えにくく、止める人が現れにくい構造が、その行動を支えてしまうのです。
7.成果を出す上司ほど、問題が見過ごされる
組織が業績や数字だけで管理職を評価していると、パワハラが見えにくくなることがあります。
「あの人は厳しいけれど、結果を出している」
「問題はあるが、重要な顧客を持っている」
「代わりになる人がいない」
「部下にも、もう少し強くなってもらわなければ困る」
このような理由から、問題への対応が先送りされることがあります。
しかし、その部署で数字が上がっていても、
- 部下が疲弊している
- 休職や退職が増えている
- ミスや問題が報告されなくなっている
- 上司の指示がなければ動けない
- 新しい提案が生まれない
- 次の管理職が育っていない
という状態であれば、それは持続可能な成果とはいえません。
短期的な業績の裏側で、人材と組織の力が失われている可能性があります。
「何を達成したか」だけでなく、
「どのような方法で達成したか」も評価する。
この視点がなければ、組織自身がパワハラを容認することになります。
8.相談窓口があっても、安心して相談できるとは限らない
多くの企業では、相談窓口や通報制度が整備されています。これは重要な前進です。
しかし、制度が存在することと、実際に利用できることは同じではありません。
相談内容が上司に知られないか。
相談したことで不利益を受けないか。
会社は本当に対応してくれるのか。
証拠がなければ信じてもらえないのではないか。
相談後も、その職場で働き続けられるのか。
こうした不安が残っていれば、相談窓口はあっても、声は届きません。
また、事実確認の結果、明確な規程違反とまでは判断されなかったとしても、職場の関係性や心理的安全性に深刻な問題が残っている場合があります。
「パワハラと認定されなかったから、問題はなかった」と終わらせるのではなく、なぜ相談に至るほど関係が悪化したのかを検討する必要があります。
必要なのは、違反者を処分する制度だけではありません。
問題を早期に発見し、相談者を守り、事実を公正に確認し、管理職の行動変容と職場の関係修復まで支える仕組みです。
9.厳しい指導とパワハラは同じではない
パワハラをなくそうとすると、
「部下を叱れなくなる」
「注意できなくなる」
「管理職が何も言えなくなる」
という不安が語られることがあります。
しかし、厳しい指導とパワハラは同じではありません。
厳しい指導とは、仕事の目的と基準を明確にし、事実に基づいて改善を求め、本人が次にどう行動すればよいかを示すことです。
一方、パワハラ的な関わりは、恐怖や屈辱によって相手を従わせようとします。
「なぜ、こんなこともできないんだ」ではなく、
「どの段階で判断を誤ったのか、一緒に確認しよう」
「君には能力がない」ではなく、
「今回求められた基準と、現在の結果には差がある」
「言われたとおりにやれ」ではなく、
「目的を確認したうえで、あなたの考えを聞かせてほしい」
と伝えることができます。
基準を下げる必要はありません。
相手の人格を傷つけず、事実と行動に焦点を当てる。それが、育成につながる厳しさです。
10.fine理論から考える、パワハラの構造
fine理論では、人間の行動を、その場に現れた言葉や態度だけで捉えません。
その手前にある、
情 動
↓
思考・解釈
↓
意思決定
↓
行 動
のつながりを見ていきます。
例えば、部下のミスという事実に対して、上司が強い不安や焦りを感じたとします。
その事実を、
「部下が学ぶための機会だ」
と解釈するか、
「自分の管理能力を否定された」
と解釈するかによって、その後の行動は変わります。
前者であれば、原因を共有し、改善策を考えることができます。
後者であれば、自分を守るために相手を責め、従わせようとする可能性が高まります。
したがって、パワハラを防ぐためには、「怒鳴ってはいけない」と教えるだけでは不十分です。
管理職が、
- 自分は何に脅威を感じやすいのか
- どのような状況で情動が乱れるのか
- 過去の成功体験にとらわれていないか
- 部下の意見を自分への反抗と解釈していないか
- 育成ではなく、自己防衛のために叱っていないか
- 恐怖以外の方法で部下を動機づけられるか
を振り返る必要があります。
これは単なる人間性の問題ではなく、管理職として身につけるべき「情動調整力」「自己認識力」「対話力」「フィードバック力」の問題です。
パワハラをなくすために、何を変えるのか
本質的な対策には、三つの視点が必要です。
1.管理職自身を整える
管理職には、部下を管理する力だけでなく、自分自身を管理する力が求められます。
自分の情動反応に気づき、感情が高ぶった状態で重要な言葉を発しない。事実と解釈を分け、相手の人格ではなく行動に焦点を当てる。
これは、管理職の経験年数にかかわらず、継続的に訓練する必要があります。
2.関係性を整える
上司と部下が、問題が大きくなる前に対話できる関係をつくることが重要です。
1on1や定期面談も、上司が一方的に評価や指示を伝える場ではなく、部下の認識、困りごと、提案を聴く場として機能させる必要があります。
部下が安心して異なる意見を言えることは、上司への反抗ではありません。組織の判断精度を高めるために必要な情報提供です。
3.組織の構造を整える
管理職個人の努力だけに任せてはいけません。
評価制度、相談体制、管理職への支援、職場の負荷、人員配置、権限の集中などを点検する必要があります。
特に、
「成果を出していれば、多少の問題は仕方がない」
という評価が残っている限り、パワハラはなくなりません。
成果だけでなく、育成、対話、離職、心理的安全性、チームの自走度なども、管理職の評価に含める必要があります。
問題は「人」だけではなく、「更新されない構造」にある
パワハラを行った人の責任は、明確にしなければなりません。
しかし、その人を異動させたり、処分したりして終われば、組織には同じ問題を生み出す土壌が残ります。
・過去の成功体験。
・成果を優先する評価制度。
・上司への権限集中。
・部下が声を上げにくい関係。
・周囲の沈黙。
・相談後まで支えきれない仕組み。
・管理職が自分を振り返る機会の不足。
これらが重なった結果として、パワハラは個人の言動として表面化します。
だからこそ、問うべきなのは、
「誰が悪いのか」
だけではありません。
「なぜ、その言動が生まれたのか」
「なぜ、周囲は止められなかったのか」
「なぜ、相談が遅れたのか」
「なぜ、組織は問題を見過ごしたのか」
「同じことを繰り返さないために、何を変えるのか」
まで考える必要があります。
パワハラをなくすことは、管理職を萎縮させることではありません。
部下に求める水準を下げることでもありません。
管理職が自分の情動を整え、事実に基づいて伝え、部下の成長と組織の成果を両立させること。そして、問題が起きたときに個人だけを責めるのではなく、組織全体が学び、仕組みを修正することです。
「問題のある上司」を排除するだけでは、終わらない。
職場の未来を変えるために必要なのは、誰かを悪者にして安心することではなく、パワハラを生み、見過ごし、繰り返してしまう構造そのものを更新(改善)することなのです。
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