第3回「偉くならなくたって正しいことは出来る。」
2026/09/26
『踊る大捜査線』のセリフから読み解く「人と組織」
第3回「偉くならなくたって正しいことは出来る。」
― fine理論で考える、肩書きに頼らない主体性と影響力 ―
「偉くならなくたって正しいことは出来る。」
この言葉は、第2回で取り上げた、
「正しいことをしたければ、偉くなれ。」
という言葉への、一つの答えのように聞こえます。
組織を大きく変えるためには、立場や権限が必要です。人や予算を動かし、仕組みを変え、その結果に責任を持つには、相応の役割を担わなければなりません。
一方で、正しいことは、本当に偉くならなければできないのでしょうか。
目の前で困っている人に声をかける。
間違っていることを、間違っていると伝える。
誰も見ていなくても、やるべき仕事を丁寧に行う。
失敗を隠さず、事実を報告する。
自分の非を認め、「ごめんなさい」と言う。
こうした行動に、役職は必要ありません。
組織全体を一度に変えることはできなくても、自分の目の前にある現実に対して、相応しい行動を選ぶことはできます。
このセリフは、
立場がないことを、行動しない理由にしてはいけない
と、私たちに問いかけているのではないでしょうか。
二つの言葉は矛盾しているのか
「正しいことをしたければ、偉くなれ。」
「偉くならなくたって正しいことは出来る。」
一見すると、二つの言葉は矛盾しています。
しかし、扱っている「正しさの範囲」が違うと考えると、両方の意味が見えてきます。
前者が示しているのは、組織の制度や仕組みを変えるための力です。
後者が示しているのは、今の自分にできる行動を選ぶ力です。
組織の方針を変えるには、権限が必要です。
しかし、目の前の人への接し方は、今すぐ変えられます。
会社の制度を変えるには、時間がかかります。
しかし、困っている同僚の話を聴くことは、今日からできます。
チーム全体の文化を一人で変えることは難しいでしょう。
しかし、自分が発する言葉や態度は、自分で選べます。
つまり、二つの言葉は対立しているのではありません。
大きな構造を変えるには立場が必要であり、日々の行動を変えるために立場は必要ない。
この両方を理解することが大切なのです。
「立場がないからできない」という思考
組織の中で問題を感じたとき、私たちは次のように考えることがあります。
「私が言っても、何も変わらない」
「決めるのは上の人だから」
「自分には権限がない」
「会社の問題なので、私にはどうしようもない」
確かに、自分の立場だけでは変えられないことがあります。
しかし、「すべてを変えられない」ことと、「何もできない」ことは同じではありません。
人は、自分で変えられない問題に直面すると、無力感を覚えます。そして、行動しても無駄だと考えるようになります。
その状態が続くと、本来は自分で選べる行動まで手放してしまいます。
・上司が変わらないから、自分も変わらない。
・組織が動かないから、自分も動かない。
・誰も声を上げないから、自分も黙っておく。
こうして、組織の問題は維持されていきます。
組織を動かさないのは、上の人だけではありません。
「自分には関係がない」「自分には何もできない」という一人ひとりの諦めも、現状を維持する力になるのです。
fine理論で考える「自分にできること」
fine理論では、自走する人を、単に一人で何でもできる人とは考えません。
自走する人とは、
事実を捉え、自分で考え、自分にできる行動を選択し、その結果を受け止めて修正できる人
です。
重要なのは、「何でも変えようとすること」ではありません。
自分が変えられることと、自分だけでは変えられないことを分けることです。
たとえば、上司の考え方を直接変えることはできません。
しかし、
- 事実を整理して伝える
- 感情的にならずに質問する
- 自分の役割を丁寧に果たす
- 同僚と必要な情報を共有する
- 適切な相談先へつなぐ
ことはできます。
相手の反応は選べません。しかし、自分の伝え方は選べます。
組織の結論は一人では決められません。しかし、判断に必要な事実を届けることはできます。
未来の結果を完全にコントロールすることはできません。しかし、未来に相応しい今の行動を選ぶことはできます。
ここに、役職に頼らない主体性があります。
正しいことは、大きな行動とは限らない
私たちは「正しいこと」と聞くと、大きな決断や勇気ある発言を想像しがちです。
しかし、組織を支えているのは、目立つ行動だけではありません。
・誰も見ていなくても、約束した期限を守る。
・分からないことを、そのままにせず確認する。
・失敗を隠さず、早めに報告する。
・人によって態度を変えない。
・陰で批判する前に、本人と対話する。
・自分が間違っていたら、素直に謝る。
・手柄を独り占めせず、周囲への感謝を伝える。
一つひとつは小さな行動です。
しかし、こうした行動の積み重ねが、周囲からの信頼を生み出します。
役職は組織から与えられるものですが、信頼は日々の行動によって育てるものです。
そして、その信頼が、やがて人を動かす影響力になります。
肩書きがなくても、人は人に影響を与えている
影響力は、リーダーだけが持つものではありません。
私たちは、言葉、表情、態度、仕事への向き合い方を通して、常に周囲へ影響を与えています。
一人が落ち着いて事実を確認すれば、感情的になっていた場が少し整うかもしれません。
一人が「ありがとうございます」と伝えれば、協力した人が報われたと感じるかもしれません。
一人が失敗を正直に報告すれば、周囲も事実を隠さず話せるようになるかもしれません。
一人が陰口に加わらなければ、その場の空気が変わるかもしれません。
このような小さな行動は、すぐに大きな成果として表れないことがあります。
それでも、人の行動は周囲に伝わります。
組織文化とは、経営理念や規則だけでつくられるものではありません。
そこで働く一人ひとりが、日常で何を選び、どのように振る舞っているか。その積み重ねによってつくられていくものです。
「正しいこと」にも確認が必要である
ただし、ここで注意しなければならないことがあります。
それは、
自分が正しいと思っていることが、必ずしも事実に基づく正しさとは限らない
ということです。
人は、過去の経験や価値観、感情によって、目の前の出来事を解釈します。
「上司は何もしていない」
「会社は現場を分かっていない」
「あの人は責任感がない」
そう感じたとしても、それが事実のすべてとは限りません。
・見えていない事情や役割があるかもしれません。
・相手には別の情報が届いているかもしれません。
・自分の感情が、解釈を強めている可能性もあります。
正しいことを行うためには、まず事実と解釈を分ける必要があります。
・何が実際に起きたのか。
・自分は、それをどう解釈したのか。
・他の見方はないのか。
・自分の行動は、目的に相応しいのか。
この確認をせずに「自分が正しい」と主張すると、正しさは他者を責めるための武器になります。
正しさを持つことと、正しさを振りかざすことは違います。
本当に正しいことをしようとする人ほど、自分の正しさを問い直す必要があるのです。
勝手に動くことと、主体的に動くことは違う
「偉くならなくたって正しいことは出来る」という言葉は、組織のルールを無視して、勝手に行動してよいという意味ではありません。
主体性とは、自分の思いだけで行動することではありません。
組織の目的、役割、関係者への影響を考えたうえで、自分にできる最善の行動を選ぶことです。
正しいと思ったことでも、自分の権限を越えて判断すれば、別の問題を生むことがあります。
その場合は、一人で抱えて行動するのではなく、
- 事実を整理する
- 相応しい人に相談する
- 必要な情報を共有する
- 自分の提案として伝える
- 結果を確認して修正する
という手順が必要です。
自走とは、独走することではありません。
周囲と対話し、協働しながら、自分の役割を主体的に果たすことです。
今の立場から始める五つの行動
肩書きがなくても、今日からできることがあります。
1.事実を見る
好き嫌いや思い込みだけで判断せず、「実際に何が起きているのか」を確認します。
2.目的を確かめる
自分の正しさを証明するためではなく、「何をよりよくしたいのか」を考えます。
3.自分にできる範囲を見つける
変えられないことだけを見るのではなく、今の自分が選べる行動を探します。
4.小さく行動する
すべてを一度に変えようとせず、伝える、聴く、相談する、支えるなど、実行できることから始めます。
5.結果を受け止めて修正する
行動が相応しかったかを振り返り、うまくいかなければ、方法や伝え方を変えます。
この五つを繰り返すことで、小さな行動が信頼になり、信頼が影響力へ変わっていきます。
正しさは、日常の中に表れる
「偉くならなくたって正しいことは出来る。」
この言葉は、私たちに特別な行動を求めているのではないのかもしれません。
誰かが変えてくれるのを待つのではなく、今の自分にできることを選ぶ。
立場がないことを言い訳にせず、目の前の人や仕事に誠実に向き合う。
結果が思いどおりにならなくても、事実を受け止め、次の行動を修正する。
その小さな積み重ねが、自分を変え、周囲を変え、やがて組織を変えていきます。
組織全体を変えるには、立場が必要なことがあります。
しかし、組織が変わり始める最初の一歩に、肩書きは必要ありません。
本当の正しさは、役職名ではなく、日々の行動の中に表れるのではないでしょうか。
今回のfineポイント
すべてを変えられなくても、自分の行動は選べる。
事実を捉え、自分にできることを考え、行動し、結果を受け止めて修正する。
それが、肩書きに頼らない「自走する人」の姿である。
次回予告
「組織の中で生きる人間こそ、信念が必要だと。」
組織の方針に従いながら、自分の軸を失わずに働くことはできるのでしょうか。
第4回は、組織に適応することと、組織に流されることの違いを整理しながら、fine理論における「信念」と「自分軸」について考えます。
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